韓国人 ムキムキ オーストラリア

 

私が20代の頃、ワーキングホリデーでオーストラリアに行っていました。その時に付き合っていた韓国人彼氏について書きたいと思います。

私達はオーストラリアのケアンズで出会いました。ケアンズは日本人や韓国人が多く住んでおり、そこら辺でアジア人のカップルを目撃します。

日本人×韓国人
韓国人×台湾人
台湾人×日本人
の組み合わせがとても多かったです。

私は当時28歳でコリアンレストランで働いていました。なぜ日本食レストランで働かなかったかというと海外に来てまで日本人のコミュニティにいたくなかった事と、韓国料理が大好きだったことからです。

当時は従業員20名ほどでその中で日本人は私を含めて2人。台湾人3人。あとは全員韓国人でした。

私達は基本的に英語でコミュニケーションをとっていましたが厨房の中はほぼ韓国語です。せっかくオーストラリアに来ているのに1年近く私は韓国語を聞いて過ごしました。

彼氏は同じレストランで働いていた23歳のギョンスと言う男の子で彼も同じくワーキングホリデーでケアンズに来ていました。ギョンスは筋肉質でガッチリしておりコリアンボーイに多い前髪を目のところまでまっすぐたらすヘアスタイルで年中タンクトップを着ていました。

徴兵を終えてオーストラリアに来たそうで身体をものすごく鍛えていました。元々韓国人男性は身体を鍛えるのが好きな人が多いのでガッチリした人が多いのですがギョンスは特にすごかったです。

しかしそのムキムキスタイルとは裏腹にとても人懐こく可愛い性格で話しやすく、私はレストランに来たばかりの頃は先に働いていたギョンスによく仕事を教えてもらっていました。

そんなある日ギョンスは私に「日本語を教えて欲しい」と言ってきました。私はもちろんオーケーし「なぜ日本語を学びたいの?」と聞きました。

するとギョンスは照れながら「君ともっと仲良くなりたいから」と言ってきました。そこから付き合うまで長い時間はかかりませんでした。

私達はレストラン従業員全員公認のカップルとなり毎日のように一緒に過ごしました。ギョンスはまだ日本に来たことがないとの事で日本語を一生懸命勉強しいつか私の家族や友達と話をしたいと言ってくれました。

当然とても嬉しかったし、みんなにギョンスの事を紹介したくてたまりませんでした。しかし付き合い始めて3ヶ月程経った頃、私は深く考え始めました。

オーストラリアでは現在セカンドビサというものがあり人手不足の農業を賄うためにワーホリで来ている若者を農業に従事させ3ヶ月働いたらもう1年滞在してもオッケーになるのです。

当時28歳の私はオーストラリアに来る前からこのビサを取得しようと考えていました。帰国する頃には30歳になります。そろそろ結婚の事も考えなければなりません。

私はギョンスに今のレストランを辞めて農業をしようと思ってる旨を伝えました。ギョンスは二つ返事で僕も行くと返答しました。そこまでは私の想定内でした。

私はギョンスに帰国後はどうするの?と聞いてみました。ギョンスはまだ分からない。けれど僕は君とずっと一緒にいたい。それだけは確かだと答えました。

私も今は深く考えても仕方ないと思いとりあえず2人で店を辞め、トマトファームに行く事にしました。ギョンスが韓国コミュニティを使って調べたのでそこのファームも韓国人が多かったです。

しかしコリアンレストランで働いていてすっかり韓国人が大好きになった私には居心地が良かったです。みんな良い人でトマトもハイシーズンのため、たくさん取れてお金も稼げて私達は無事ビサに必要な日数を働いてすごく充実した毎日でした。

さてこれからどうする?となった時にギョンスがお金も貯まったし1ヶ月ぐらい旅行に行かないか?と提案して来ました。それは良いアイディアだと私達はオーストラリアの南、メルボルンへ行く事にしました。

ケアンズに比べると都会でヨーロッパ調の建物がたくさんあるオシャレな街でしたがメルボルンは1日に春夏秋冬が全部来ると言われるぐらい気温の変化が激しく外出時に暑くても必ずジャケットを持って行かなければなりません。

私達はやはりケアンズが恋しいねと再確認して2人でケアンズに戻り以前働いていたレストランにまた戻る事にしました。それから1年はあっという間に過ぎました。その間に何度も2人の将来について話し合いをしました。

ギョンスはとにかく一緒にいる事が優先らしく韓国に帰って仕事を探す。仕事が起動に乗ったら韓国に来て欲しいと言っていました。

しかし私はオーストラリアならまだしも言葉も分からない韓国でやっていく自信がありませんでした。私はもうすぐ30歳になります。もう結婚もしなければなりません。

韓国に帰るギョンス、私は日本に帰ってなんにるだろう…何があるだろう…毎日考えました。そして出した結果は別れることです。

韓国人の結婚への概念は日本とは全く異なるもので家族を大事にする韓国人男性のマザコンぶりについていける自信もなかったし韓国語を1から学ぶ気力もなかった。私は泣く泣く日本へ帰国しギョンスと別れました。

しかし今はそれで良かったなと思います。それから数年後私は今の旦那と出会い子供も授かりました。ギョンスとはキッパリ連絡を絶ったので今はどうしているかわかりませんが彼の幸せを願うばかりです。