お互いに出来なかった事を実現

ベルギーでトーマスが仕事の時は義理の母と一緒にショッピングへよく行きます。お互いに服の好みが似ており、一緒に買い物していると楽しいのです。

また、やせ形で日本人としては長身な私の体形は義理の母にとって「着せ替え人形」のようで楽しいようです……。

日本では中古の数百服をコーディネートして楽しんでいましたが、ベルギーで着ている服の中には日本で持っていた服を全て合わせたくらいの物もありました。

日本では「変わり者」扱いされていた私ですが、トーマスやトーマスのご両親にとっては「日本人らしくない日本人」で義理の母には「あなたにはベルギーの方があっていると思うわ」と言われたほどでした。

自分でも、ベルギーに滞在している時の方が「自分らしく」いられるような気がしていました。それは「滞在者」であったからでもあった、という事を後から知るのですが、ベルギーの方が自分の性格には合っているという気持ちは移住後も変わりませんでした。

ベルギー移住を決断

トーマスの4年間の駐在期間が終わり、かねてから帰国を希望していたトーマスと共に、私も仕事を退職してベルギーへの移住を決めました。移住を決断した第一の理由は「トーマスの側に居たいから」でしたが、それまでのベルギー滞在経験の中で、自分にはベルギーでの生活の方が向いていると確信していたからです。

エンジニアとしてトーマスと同じ会社に採用され、正社員にまでして頂いたのですが、エンジニアとしての資格(学位)はあっても英語やオランダ語といった語学面では全く規定レベルに達していなかったので、本社での勤務は難しいと判断されました。

その事もあり、帰国後のトーマスのポジションは日本駐在前よりもかなり良いものになり、手当も大幅に増えたので私が働く必要もなくなりましたが……。

退職を決めたものの、募集をかけても引継ぎの人材が中々決まらず、ギリギリまで勤務したので移住の手続きをしたのは移住予定日の3ヶ月前でした。

というのも、日本で勤務している状態での移住はより複雑になると思ったので、完全に退職してから手続きをしようと思ったのです。

本社とのやり取りの行き違いなどもあり、荷物のパッキングなども1ヶ月前に開始するという状態でだったので、とてもストレスフルな3ヶ月間でした。ベルギーでは皆休暇をきっちりとるので、それがたまに伝達ミスなどを起こしてしまったりします。

ベルギー移住の手続き

ベルギーへ配偶者として移住するには「長期滞在者用のtype Dのビザ」が必要になります。この手続きは殆どトーマスの仕事でした。トーマスが用意しなければいけなかった書類は「ベルギーでの家の所有を証明する書類」「収入・貯金証明(ベルギーの銀行口座のもの)」「ベルギーの戸籍謄本」「医療保険(あれば生命保険)の加入証明」「ベルギー移住後の職場の在籍証明」など、沢山ありました。

私が用意しなければならなかったのは「アポスティーユ」という日本の外務省が「戸籍謄本」や「婚姻届」の証明・証認してくれるというものです。これは外務省に行き、英語翻訳した「戸籍謄本」と、英語翻訳した「婚姻届」と写真付きの身分証(免許証やマイナンバーカードなど)を出し、受付をします。不備がなかったのですぐに受付は終わり、1週間後に「アポスティーユ」を受け取る事ができました。

夫婦二人分の書類が揃ったら再び在日ベルギー大使館へ行き、全ての書類とパスポート(ベルギー人側は在留カードのコピーとパスポート)、「証明写真(なければ在日ベルギー大使館で撮る事もできます)」、「全ての書類のコピーと原本」を提出して、トーマスと私がそれぞれ個室に呼び出され数分間の面接の後、最終的な審査がされます。この審査はベルギーで行うので、少し時間がかかりましたが全ての書類に問題なく、私達の場合は一週間後にビザを受け取る事ができました。在日ベルギー大使館ビザデスクのSさんには早急に手配して頂いてとても感謝しております。

航空券を予約し、出発日が決まったら今度は日本側での手続きをしなければなりません。これはとても簡単で、市役所に行って「海外への転居手続き」をするだけでした。既にトーマスと私はマイナンバーカードを発行していたのですが、マイナンバーは引き続き残るそうで、備考欄に「国外転出により」という文が付け加えられたカードは自分で処理すれば良いと言われました。私は捨てるのを忘れていてベルギーに持ってきてしましましたが……。

旅立ちの日

最後の1週間は数少ない、しかし深い絆でつながっている友人達に送別会をしてもらい、涙がとまらぬ一週間となりました。家に籠りがちだった私。友人達もそれぞれ違う業種の仕事をしており休みが合わず、近年は会う機会も減っていましたが、それでも毎日LINEのグループではくだらない話に花を咲かせていた仲間でした。

社会人になってから趣味の繋がりで出会った仲間でしたが、お互いに結婚、出産、離婚、転職、病気などを経ても変わらず関係が続いてたので、友人達の事だけが日本に対する未練でもありました。もちろん一生会えなくなるわけではありませんが、やはり「いざという時にすぐに会えない距離」になってしまうというのはとても寂しいです。

いざ飛び立ってしまうと、普段の旅行と変わらず面白い映画で「いかに10時間のフライトを乗り切るか」に意識が集中していました。映画を見ながら過ごした数時間はいつもの「旅のフライト」と変わらず、これから「自分はベルギーに住むんだ」という実感はまるでありませんでした。初めて実家を出たとき、元カレと別れて他県に引っ越した時の方がよっぽど「遠くへ行くんだ」という寂しさが強かった気がします。

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