「フランダースの犬」の地でのプロポーズ

トーマスと付き合った当初、私はベルギーについてビールやワッフルくらいのイメージしかありませんでしたが、同棲し始めた時に英語版の「フランダースの犬」の本を貰い、フランダースの犬の舞台がベルギーのアントワープだったと知ったのです。

小さい頃に何度も見たフランダースの犬。最後の大聖堂のシーンは今でも鮮明に覚えています。私にとって特別な「フランダースの犬」とトーマスにとっては生まれた場所(トーマスの地元の町には大きな病院がなく、だいたいアントワープで出産するので)であるアントワープをベルギー観光のスタート地点にしたのでした。

写真集の中にいるような街並みにシャッターを切る手が止まりません。どこをどう撮っても絵になる街並み。

そしていよいよ、あの「アントワープ聖母大聖堂」へ。中に入るとその美しさに圧倒されました。柱から天井まで見事な装飾が施されており、神聖なる美しさが窓から差し込む光を受けてより一層引き立っていました。ネロがここを最期の地としたのも納得です。

さすが「フランダースの犬」の舞台であるだけあり、日本語の案内も豊富な上、日本人観光客の団体が居たので、耳をすますと日本語のガイドが聞けたりしてとても助かりました。ルーベンスの絵は直前で見ることが出来たので、筆使いまで感じられ思わず見入ってしまいました。

すると、背後からトーマスに名前を呼ばれ、振り返ると小さなケースを差し出されたのです。中には小さな宝石が並んだ銀色の指輪が入っていました。

「僕と結婚してください」

日本語のプロポーズだったので、側に居た日本人のツアー団体の老夫婦がこちらを振り返りました。私は一瞬何が起きたのかわからずトーマスの顔を見つめていましたが、まっすぐ私を見る彼の眼ともう一度その手にあるケースの中の指輪を見たら、涙がどっと溢れ出し泣き出してしまいました。

同棲し始めてから何度も彼からは「いつか結婚したい」という話をされていましたが、その度に私は話をはぐらかしたり、「だれとも結婚する意思はない事」を伝えていました。

更に「子供を産む気もないから、子供が欲しかったら別の人と付き合った方が良い」とも……。

それなのにトーマスはプロポーズしてくれたのです。全てを受け入れて。そんな彼のプロポーズを断る理由はありませんでした。手に指輪をはめてもらうと、嬉しさがあふれて来て思わずトーマスに抱きついてしまいました。その時周りにいた数人の外国や、日本人の観光客の方から「おめでとう」「congratulations」とお祝いの言葉まで頂いたのもすごく嬉しかったです。

結婚の手続き

日本に帰国後、早速入籍の手続きをする事にしました。正式に夫婦になると駐在員であるトーマスの福利厚生の中に「帰国や出張時の航空券が配偶者の分まで支給される」というものがあったのと、結婚をすることで私達2人共にお祝い金と数日の特別休暇が会社から貰えるからです。

元々結婚式には興味がなく、最初はやる予定がありませんでしたが、私の母への「親孝行」として日本の神社での神前式をトーマスがプレゼントしてくれました。ベルギーではトーマスの友人達と本社の人達に向けて、トーマスの地元の小さな教会で結婚式をしました。

婚姻手続きにはまず「婚姻要件具備証明書」が必要だったので、トーマスが在日ベルギー大使館へ行き、手続きをして用意してもらいました。これは外国人が本国で「独身」であり「結婚が可能」である事の証明になります。

ベルギーの戸籍謄本のようなものが必要だったのですが、義母が協力してくれてすぐに揃えることができました。「婚姻要件具備証明書」を発行してもらったら、今度はこれを翻訳しなければいけません。

私達の場合はトーマスが翻訳しました。あとは私の戸籍謄本、トーマスの在留カードやパスポートのコピーと一緒に婚姻届を提出し、日本での婚姻手続きは完了です。

苗字を変える場合は、別紙の変更届を出す必要がありますが、必須ではありませんでした。私は苗字を変えましたが、苗字を変えなくてもベルギーでは子供が出来た場合などは「名前・日本の苗字・ベルギー人夫の苗字」という形で表記されます。

また、ベルギーでは夫婦別姓の方が一般的なので、国際結婚で苗字を変えた事は周囲のベルギー人には結構驚かれました。

私達は子供を持つ予定がなく変更する必要はあまりなかったのですが、外国人との婚姻の場合、戸籍は代表者が私1人、追記欄に夫の名前という形になるので寂しく感じてしまったというのが、私が苗字を変更した主な理由です。

日本での婚姻手続きを終えると「婚姻受理証明書」を発行してもらいます。私達は入籍当日に「婚姻受理証明書」と日本の婚姻届の英語翻訳を申し込み、1週間後に受け取りました。

ベルギー側での婚姻手続きには「婚姻受理証明書」や「婚姻届」、「日本人(私)の戸籍謄本」などのオランダ語翻訳が必要で、更にこれは「法定翻訳」になるため、ベルギーの裁判所が認めた翻訳家に翻訳してもらわなければなりません。

トーマスの語学力は申し分ないのですが、翻訳を仕事としていたわけではないので、この資格はありませんでした。普通に探していたら1ヶ月は掛かっていたでしょうが、これも義母の伝手ですぐに翻訳してもらうことが出来ました。

書類を揃えることが出来たら、在日ベルギー大使館にアポを取り、書類を持って二人で大使館へ行きます。必ず夫婦二人で行かなければならないのは、このとき簡単な面談があるからです。

私はてっきり「大使」との面談があるものだと思い込んでいたのですが、そんなはずもなく、担当者の方とロビーでするという、非常にラフな感じの面談で呆気にとられました。

まず初めに「オランダ語かフランス語」または「英語」のどの言語で進めるか聞かれます。「日本語」という選択肢はないものだと思ってここで私は「英語」と答えてしまい、緊張もあってとても苦労しましたが、あとから聞いたら日本語でも大丈夫だったようです。

聞かれたのは「生い立ち」「現在の仕事」「出会い」「交際歴」「プロポーズの場所や言葉」「ベルギーへ行ったことがあるか」「夫の家族にあった事はあるか」「将来ベルギーに住む予定」から「夫の好きな所」まで。最初は声色厳しめだった担当者さんも、最後にはにこやかに談笑して「Proficiat(プロフィシアット)!おめでとうございます」と握手してくれました。(Proficiat=フラマン語でおめでとう)

夫の家族との交流

結婚後もトーマスの駐在期間が残っていたので、1年程は日本に住んでいました。その間もトーマスの出張への同行(仕事としてではなく妻として)を含めて、4回~5回はベルギーに行ってはご両親の家でお世話になっていたので、トーマスのご両親とかなりの時間を過ごしていました。私は実の両親との関係が希薄だったので、トーマスのご両親は本当の両親のような存在になっていました。

トーマスのご両親は元々とても娘が欲しかったそうなのですが、トーマスには男兄弟しかいなかったため、私を本物の娘のようにかわいがってくれました。相変わらず私の英語やオランダ語も一向に上達しませんでしたが、それでもトーマスのご両親とのコミュニケーションは成り立っていたのは、トーマスのご両親の「聞く姿勢」と私の「伝えたいという思い」があったからだと思っています。

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