同棲を決意

交際開始から3ヶ月が経った頃、私のアパートの更新期限がきたのをきっかけに、トーマスのマンションで同棲を始めました。交際当初からトーマスは一緒に暮らしたがっていたのですが(ベルギーでは早いうちから同棲する文化のようで)ゲームに没頭する時間や、一人の時間が捨てきれなかった私は決心がつかずにいました。

しかし、駐在員で家賃、生活費から通信費の全てが会社持ちのトーマスの家に住めば、生活費はまるまる貯金できるという打算的な理由もあって同棲を決意したのです。貯金がしたかった理由は、いつの日かトーマスの母国、ベルギーを訪れてみたいと思うようになったからでした。

同棲を始めて見えた文化の違い

ワンルームマンションといえど、安アパートの私の部屋よりも広く、設備が整ったトーマスのマンション。今まで暮らしていた部屋からもってきたものはパソコン、服、靴、そして思い出の品くらいでしたが、早いうちから実家を出ていたので、トーマスの部屋に持ち込んだものが私の全財産でもありました。

同棲を始める前にも文化の違いを感じることはちょくちょくありましたが、スキンシップを含めて慣れてしまえばそれほど気になる事ではありませんでした。

しかし、同棲し始めるとどうしても受け入れられない文化の違いも出てきたのです。それが「夜に洗濯をする」事でした。ベルギーでは夜間の方が電気代が安く、アパートもレンガ作りで壁が厚いので音があまりもれません。そのため、夜に洗濯をする事は至って普通の行為なのです。

トーマスが日本で住んでいたマンションは新築物件ではありましたが、単身者向けの賃貸ワンルームで、そこまで防音がしっかりしているわけもありません。注意するとすぐにやめてくれましたが、意味が分からないといった風で「騒音」についての認識にはかなり温度差があると感じました。

もう1つ、不思議だった文化の違いは「暖かくなるとベランダで過ごしたがる」という事。春になり気温が上がって日が伸びると、トーマスが外で過ごしたがるようになりました。

休日などはそれこそ一日中でも、意地のように見えるほど、外にいたがるのです。気温が下がり上着が必要になっても、外に居ようとします。これもトーマスが言うには「ベルギーは太陽が少ないから、光がある時は外で過ごす」のだそうです。

ベルギーに引っ越してきてからはとても納得しましたが、日本の、それも線路沿いのマンションのベランダで一日中お酒を飲みながら過ごす、というのはあまり楽しいものではありませんでした。私には、ですが……。

誕生日にサプライズ

一緒に暮らし始めて数ヶ月が経ち、私は誕生日を迎え、29歳になりました。私は昔から漠然と「30歳になったら庭付き戸建てを持っていて、仕事もバリバリこなして、休日には庭いじりをしているんだ」という夢を持っていました。これが小さい頃から思い描いていた「理想の生活」だったのです。

きっと、実家の近所にいた主婦を見てそれが「理想の生活」だと思ったのです。特に私の母はシングルマザーで、私を含めた子供達を働きながら育ててくれましたが、それはとても苦労して子育てをしているように見えましたから、なおさらかもしれません。

そんな母を見て「絶対に子供は産まない」とも思っていました。「結婚」という選択肢は当初人生設計の中に入っていなかったので、自分自身の力で「庭付き戸建て」を買うのが目標の1つでした。

飲んだ時にそんな話をしたのを覚えていたトーマスから、誕生日の日にまたまたサプライズがあったのです。それはプレゼントと共に渡されたベルギー行きのチケット、そしてプレゼントの中にはオランダ語の書類が入っていて「家の権利書」だと教えてくれました。

つまり、トーマスは持ち家がある事を正式に証明しようとしてくれたのです。しかし、「いくらトーマスが家をもっているからといって、それが私の夢と何の関係があるんだろう?」その時はそう思っていました。とにかくベルギーに行けることがうれしく、家の事は申し訳ないのですが、半ば頭の中から消えていました。

初めての海外旅行と義理の両親との初顔合わせ

誕生日の翌月の夏休み、私にとっては初めての海外旅行でもあるベルギー旅行へトーマスと一緒に行きました。トーマスの家はトーマスが日本にいる期間の間は人に貸していましたので宿泊せずに、トーマスの両親の家に宿泊する事になりました。

初対面で両親が住んでいる家に宿泊するなんてプレッシャーで押しつぶされそうでしたが、ホテルでは見れない「リアルなベルギー人の暮らし」が見れる事は楽しみでもありました。

当時は丁度直行便がなかった時期で、ドイツのフランクフルトで乗り換えてブリュッセルへ行かなければなりませんでした。「初めての海外旅行で2ヶ国もいけてしまうなんてお得!」と思っていましたが、10時間以上のフライトに加え、2度の入国審査でへとへとになり、当時は「二度と乗り換えなんかしたくない」と思ったものです。

ブリュッセルに着くとトーマスの両親が既に待っていて、手短に英語で挨拶を交わし、車でトーマスの実家に向かいました。初めてみる外国の風景、日本とは違う樹木の色、広がる麦畑。特に制限速度が130㎞の高速道路に驚き、眠気も吹き飛ぶくらい緊張した1時間半でした。

アントワープからほど近い長閑な町、トーマスが生まれ育った町に着きました。夏のベルギーは日が長く、トーマスの両親の家に着いたのは20時を過ぎていましたが、まだ空は明るく夕食もお庭で食べることになりました。ここで、トーマスがベランダで過ごしたがった理由に納得したのです。

トーマスのご両親はとても良い人で、世界中を旅して来た人達だからか、文化の違いにも深い理解を示してくれました。私のつたない英語ともいえない単語の羅列にもじっくり耳を傾け、一生懸命に理解してくれようとします。トーマスが日本に興味を持つきっかけも、16歳の時にご両親が連れて行ってくれた日本旅行だったと聞いていたので、このご両親だからこそ人生を変える旅をさせられたんだろうと納得しました。

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