初めてのデートはサラリーマン御用達の居酒屋

トーマスが予約してくれていたお店は、トーマスの会社のある駅の側にありました。扉を開けると中からむわっと噴き出すタバコの煙、酒の匂いと、中年男性達の笑い声。カウンターとテーブル席が半分ずつほどの小さなお店はすでに満席に近く、私たちは人をかき分けながら入っていきました。

「予約」の札が置いてあるカウンター席に通されると、板前さんがトーマスに向かって気さくに話しかけます。彼は常連のようで、板前さんとあいさつした後は「いつもの」を頼んでいました。お酒が好きな私もまずは「生中」を注文。するとトーマスは「いいね」となぜか喜んでいました。

後で聞いた話ですが”女の子らしさアピールをする日本人女性”が苦手だったそうで、最初から気取る事なく「生中」を頼んだ行為が”典型的な日本人女性らしくなく”気に入ったようです。

さすがビールの国ベルギーから来たトーマス。ジョッキを数杯開けても全然酔っている様子はありません。

しかし、私も負けず劣らず飲んで、第2ラウンドの日本酒戦へと突入しました。トーマスは日本酒がとても好きで、この店は日本酒の種類が多いから好きなんだと教えてくれました。東北人を母に持つ私は、トーマスのそんな部分にもとても親近感を持ったのを覚えています。

お酒が入ると会話も弾み、ベルギーという国について「地味でアピールすくないけど、とてもいい所なんだよ」とベルギーの色々な場所の話をしてくれました。更にはプライベートで会ったのは初めてなのに、お互い幼い頃の話から悩みまで、色んな事を話したのです。今までこんな人は居ませんでした。

さよならのキス

楽しい時間はあっという間にすぎ、終電の時間が近かったので帰る事に。すると、帰りの駅のホームでサプライズがありました。それは「さよならのキス」。

「今日は本当に楽しかった、ありがとう」とハグされたのまでは相手は外国人でしたので予想は付きましたが、そのあと鼻の頭にキスされることまでは予想できませんでした。(本当は額にキスしようとしたらしいのですが、私の身長が高めだった事とヒールだったために鼻になってしまったらしいです)

トーマスが帰る方向の電車の方が早く来たので、唖然とする私をよそに、満面の笑みで手を振りながら颯爽と電車に乗り込んだトーマス。今起きた出来事が飲み込めないまま、酔いもあってぼんやりとしていた頭はよりいっそうぼんやりしたまま立ち尽くし、危うく自分が帰る方向の電車に乗り遅れるところでした。

外国人との交際経験どころか、学校の英語教師以外との交流すら殆どなかったので、こういった挨拶行為一つとっても私には未知の世界だったのです。日本人の元彼もシャイで、決して人前で手をつなぐ以上のスキンシップをするような人ではなかったので、なおさらでした。

ただ、キスされた事に対して「嫌だ」という感情は沸かなかったので、この時すでにトーマスに惹かれ始めていたのだと思います。不思議な事に、この時にはデートをする前にトーマスに抱いていたような不信感や疑う気持ちはまったくありませんでした。

気まずい初出社

あの「デート」の翌週、トーマスの会社への初出勤日を迎えました。しかし、帰り際のサプライズのお陰で気恥ずかしくなり、彼からのメールを開けなかった私の心は晴れやかではありません。

オフィスに着くと受付の女性が私のデスクへ案内してくれました。パーテーションで区切られた一角、背後の隅にはトーマスの部屋が見えます。スモークガラス越しに彼の姿が見えて鼓動が早くなりました。そしてメールを見てない言い訳を必死で考えていると、面接の時に、トーマスと一緒に面接をしてくれた日本人男性がやってきました。

挨拶を交わし、頂いた名刺を見るとそこには「代表取締役」の文字が。てっきりトーマスの部下か同じくらいの役職の人だとばかり思っていたので、面接のときの態度を再び強く、強く、後悔しました。ヨーロッパに本社がある会社の日本法人で社員数は多くない上、出張や在宅勤務の社員も多く、この日もデスクの半分ほどは人が居ませんでした。

程なくしてトーマスがやってきました。第一声は代表取締役もいるというのに「どうしてメールの返事をくれなかったの?」で慌てましたが、彼はまったくもって気にしていなそうでした。

更に驚いたのが代表取締役から出た言葉で、「金曜どうだった?変な事されなかった?」代表取締役は笑いながらそういったのです。私達の「デート」は代表取締役公認だったのです。「彼は独身で彼女もいないし、良いと思った女性とデートにいくなら応援したいじゃない」とまで言った代表取締役。カルチャーギャップの連続に私の脳は少々疲弊していました。

ベルギー人の面接官が私の結婚相手なの?(もちか)さんの体験談③