インディアンフィジー人夫との出会い

2013年の1月に日本を出発し辿り着いたのは、真冬の日本とは真逆の灼熱の太陽が降り注ぐ南太平洋のフィジー。

さっそく、学校のスタッフの指示で留学生が集まりバスで移動し、私達が滞在するラウトカというフィジーで2番目に大きな街へとやってきました。

そこで街・学校の説明を受け夕方にはホストファミリーの家へと向かったのです。

そこで、私を待っていたのはインディアン系フィジー人の家族でした。

高校時代の経験で、インディアンは無理!という体質だったのですが、私の知っていたインディアンとは全く違い、優しくはじけるような笑顔をふりまいてくれる家族でした。

一瞬でインディアン嫌いだった過去の自分が消えていきました。

フィジーの気候なのか、それとも国柄がそうさせているのかは分かりませんが、フィジーに住んでいる人は皆とっても親切で人見知りすることはありません。

私達日本人の様な外人にも本当にいつも笑顔でフレンドリーに話しかけてくれるのがフィジーの最大の魅力なのです。

私も彼らが話す英語は全く分からなくても、ジェスチャーと彼らの魅せてくれる笑顔でコミュニケーションをとっていました。

そして、フィジー生活が4日ほど過ぎた頃、ホストマザーが「今週末は、近所の家で結婚式があるから皆で行こうね」と誘ってくれました。

家で結婚式するの?と早速文化の違いに驚きつつ、話を聞くと結婚する家もインディアンでなんとインディアンの結婚式は基本的に3日間行われるということでした。

3日間も何をするの?と疑問に思うかもしれませんが、1、2日は家で結婚をする儀式のような事を新郎新婦別々にお互いの家で行うのです。

そして3日目に近くのお寺やホールなどで結婚式を行うという流れになっているのです。

その話を聞いて、早速結婚式1日目の金曜の夕方にホストブラザー(13歳)に連れられて結婚式を行う家に連れて行ってもらいました。

と言っても、結婚式を行う家は本当に道路をまたいだ反対側の家でした。

既に多くのインディアン女性が、インディアンスイーツを作ったり、お客さんをもてなすための夕食用のカレーを大量に調理していました。

そして、そこでホストブラザーが「りこに紹介するよ!」と1人のインディアン男性を連れてきました。

彼は、ラビ(仮名)と言って私よりも2歳年下の男性で話を聞くと、この家の息子さんで、結婚する花嫁の弟さんとのことでした。

このラビこそ将来の私の夫なのです。

携帯から始まった恋

結婚式も無事に済み、私も友達も増え楽しく学校生活を送っていました。

そんな日々の中で、ラビは仕事が終わると週に5回はフィジーの伝統的な飲み物カヴァを近所の皆で飲むために我が家にやってきて顔を合わせるようになりました。

インディアンの顔は皆一緒に見えていたので毎日家にくるラビも、会話する機会は増えても私の中ではその他大勢の1人でした。

そんなある日、ニュージランド沖で大きな地震が発生し、丁度学校の午後の授業が終わったころに「フィジーにも津波がくる」というフィジーの気象庁の発表があったので、学生と教師みんなで近くの高台に避難をしました。

幸いに、津波はまったくこず問題はなかったのですが、その際に感じたのが、もし今回の様な緊急事態が起きたら日本とすぐに連絡が出来ない。ということです。

当時のフィジーはWi-Fiが普及しておらずタウンにある数件のカフェに行き、お金を払ってWi-Fiを利用するという方法しか日本との連絡手段がなかったのです。

そこで、次の日私は友人とタウンにでかけフィジーの現地携帯を購入しました。

これで、国際電話ではありますが緊急事態でもすぐに日本の家族と連絡がつくようになりました。

そして購入後、家でホストファミリーに携帯の使い方を教えてもらおうとタウンから歩いて帰宅していると、丁度ラビが庭先で水やりをしており、私は呼び止められたので、少し立ち話をすることになりました。

そこで、私が手に携帯ショップの袋を持っていたので「携帯買ったの?」と聞かれ「買ったの~みてみて~」と見せると「ちょっと設定してあげるよ」と言われ何やら携帯のボタンを押していたのです。

まぁいいや。とラビに任せていると「はい。これでいつでも連絡できるよ」と言われ、え?と携帯を見るとラビの連絡先が登録されていたのです。

「なんかあったら連絡してね」とだけ言われ、あまり私自身も深く考えずに「ありがとう!」と伝えました。すると、その日の夜ラビからメールが届くようになったのです。

「what are you doing?(今なにしてる?)」という内容で「I am looking star now(星を見てるよ)」と返信すると「why?(なんで?)」といったトークが続き毎回彼は「why」と質問ばかりしてくるので、内心「うっとーしいな」と感じていました。

そんなメールが3日間ほど続き、あまりにも質問事項ばかりなので怒りを覚え「どうして毎回whyばっかりなの?」と聞くとラビからの返信は「whyと聞くことで、英語の文章をりこは考えるだろう?それが英語の勉強じゃん」と書かれていたのです。

あ・・本当だ。ラビが毎回質問してくるので、その返信の度に辞書を開いて文章と単語を考えていました。当時は「あまりに、りこが英語できないからさ」と思われていたかもしれません。笑

しかし、当時の私はラビのことを思っていた人と違って、優しんだなと少し彼に対して好印象を持つようになったのです。

そして、メールを始めて1週間ほどたった週末に、私はホストマザーとラウトカから片道4時間ほどかけてフィジーの首都スバに親戚の結婚式に向かう予定でした。

しかし、出発前夜に謎の激痛が私の背中を襲い、動けなくなってしまったのです。一晩立っても背中の痛みは治まらないため私とホストファザーだけが家に残ることになりました。他の家族は泊まりでスバに出発していきました。

私がスバに向かうことを知っていたラビは昼過ぎに「もうスバ着いた?楽しみなよ~」とメールをくれたのですが、私は返信で「スバにはいってないよ。今家で1人で留守番してる。背中が痛くて・・。」と事情を説明するとラビは自分の家からすぐに我が家にやってきてくれました。

というのもホストファザーは仕事だったので夕方まで帰宅しなかったため、その間、家で留守番をしていた私を心配してくれたのです。

そして、背中の痛みをこらえながらベランダのソファーに座り私はスマホの中に入っていた写真をラビに見せながら、私の家族の事、仕事の事、日本の事などを話し、気付けば3時間2人で盛り上がっていたのです。

そして彼とのおしゃべりがとても楽しく、激痛だった背中の痛みは消えていました。

ホストファザーが帰宅してラビが入れ替わりで帰っていったのですが、その日の夜に「もっとりこの事知りたいって思った」とメールが届き、私もラビの事をもっと知りたい、話したいと感じていたので「私も」と返信しました。

その3日後に2人で学校の放課後、隣町にあるマクドナルドでデートをして色んな話をしました。

ラビの学生時代の話、仕事の話、家族の話、自分の話をする時に見せてくれるラビはまるで少年の様に輝いていて、笑顔でとても興味があるように私の話を聞いてくれている姿に自然と惹かれていきました。

そして帰り道にラビから「今日りこと話してとっても楽しかった。もっと一緒に居たい」と告白を受け、私達の交際がスタートしました。

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