前回の記事はこちらです。

 

王くんと父の対面

中国 国際結婚 体験談

 

友達の紹介で出会った中国人の王くんとの結婚生活は、驚きとカルチャーショックの連続でした。王くんと私の家族の中で唯一結婚に反対していた私の父とは、王くんと結婚してから約2年口を利かない日々が続いていました。王くんもそんな私の父の怒りに応戦して「お父さんがそんなに怒ってるなら俺も会いに行かない!」と怒り続け、それと同時に「会いにいかなきゃいけないのは分かるけど、俺こわい…」とビビりまくりで、父との対面を先延ばしにしていたのです。

そんなある日、気を利かせた私の家族が父と私を会わせようと食事の場を用意してくれたのです。その場に王くんを連れて行っても良かったのですが、王くんはもう少し気持ちの準備が必要ということで、まずは私が父と会うことになりました。

当時私は父に強い反感を感じていました。王くんに会うこともなく、どんな人か尋ねることもなく「中国人だから駄目」と反対した父をあまり良く思うことが出来なかったのです。正直その気持ちは今でも変わっていません。確かに、私は王くんと結婚して、日本人と結婚したら味わう必要のない苦労をたくさんしました。父はその苦労をわたしがする事を心配して、結婚に反対したのかもしれません。それでも私は、父の偏見を感じずにはいられなかったのです。

2年振りの再会は、あまり感動的なものではありませんでした。父が悪いのは中国なんかと結婚するお前だ、と感じているのが十分理解出来たからです。恐らく、アメリカ人やフランス人だったら、父は「ハロー」などと言って相手を受け入れたと思います。「中国人だから」駄目なのです。とても残念な事ですが、人の価値観を変えるのは簡単なことではありません。

もし中国人との結婚を考えている方がいたら、周りの人たち全員が手放しで賛成してくれるとは限らないかも知れない、という状況も想定した方が良いかも知れません。中国人の女性と結婚するなら「相手はお金目当てだ」という人がいるかも知れませんし、中国人の男性と結婚するなら「どうせ外国人と結婚するなら、英語の国の人と結婚すれば良いのに。英語も上手くなるし、子供もハーフで可愛いのに」などと偏った意見を言う人もいるかも知れません。

私が父に会った数日後、覚悟を決めた王くんと一緒に父に会いに行きました。王くんは父の好きなお酒を買って行くと言って、とにかく高いお酒を購入し、緊張の面持ちで父の元へ向かったのです。

初めて会った父と王くんは握手をして王くんが「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。」と謝罪をすると父は「まあ、いいよ」と笑っていました。一緒に食事をしてその後別れました。終始和やかな雰囲気で、何も問題はないかのように見えました。父と別れ2人きりになった時に王くんがふと感想を漏らしました。「お父さんは、俺のこと本当は好きじゃないね。中国人だからって馬鹿にしてる。」もしかしたら「そんなことないよ」というのが正しかったのかも知れませんが、私は「そうだね」と言いました。本当にそのように感じたのです。そして、中国人と結婚して日本で暮らすという事は、こういった差別に対して共に戦って行くことなのだと気づきました。

もちろん差別の気持ちを持たない人も大勢います。しかし、私は王くんとの結婚生活の中でたくさんの小さな小さな差別を経験してきました。だいたいの人は「中国人だから」というあからさまな差別はしません。その代わりに王くんが日本語を話し中国人だと分かった瞬間「お客様」への口調から「子供に話すような言葉遣い」に切り替える人がいたり、王くんが中国人なので私も中国人だと勘違いをして「だーかーらー言ってること分かるかなー」と私に話しかけ、私が日本語を話した瞬間に日本人だと気付いたらしく、パッと態度を変えたお医者さんもいました。

結婚して数年経った今も父の態度はあまり変わりませんが、王くんは毎年お正月になると父と母の元にプレゼントを送っています。

 

離婚危機

中国 国際結婚 体験談

 

以前一度だけ離婚危機に陥ったことがありました。特に何か決定的なことがあった訳ではないのですが、金銭感覚の違い、生活の価値観の違いなどでお互いに疲れてしまった時期がありました。金銭感覚が違うのは以前にも少し述べましたが、お金があれば使ってしまう中国人の王くんと、少しでも節約をして貯金をしたい日本人の私が衝突するのは当たり前のことだったと思います。

その頃はまだ日本語のみでコミュニケーションを取っていた為、お互いに深いところで意思の疎通が困難な部分もありました。

「もう疲れた、離婚しよう」とどちらが言い出したのかは覚えていません。ただ、毎日一緒に暮らしているのに、全く分かり合うことが出来ず、2人の生活から笑顔がどんどん消えていきました。王くんは喜怒哀楽をかなりストレートに出すので(中国人はそのような人が多いかも知れません)いつしか私は王くんが怒るたびに、王くんに怯えるようになってしまったのです。離婚したら楽になるのかな、と私自身も考えていました。

ある日王くんが些細なことで怒りました。どうして怒ったのか覚えていないくらい小さな事だったと思います。その瞬間わたしの我慢が限界に達し「前の2人はこんなじゃなかった!」と王くんにぶつけてしまいました。すると王くんも「りりちゃんだって前は違った。俺のこと見て、そんなビビしてる顔しなかった。(ビクビクしているの意味)りりちゃんは、もっと笑ってた」と言ったのです。

それを聞いた時に「ああ、王くんも寂しかったんだ」と分かりました。王くんも笑顔が溢れる2人に戻りたかったんだ、と感じたのです。

その日から少しずつ私たちの関係は修復していきました。ほんの些細な出来事でお互い寂しくて苦しんでいた、ということが理解出来たのです。

そして私は中国語の勉強を始めました。王くんと日本語と中国語の両方でコミュニケーションが取れれば、王くんだけが言葉の壁に苦労することがなくなると思ったからです。

 

中国語の取得

中国語の取得

 

いざ始めた中国語の学習ですが、王くんが中国人であることは、大きなアドバンテージになりました。また、私は日本人である為、中国語の常用漢字を見れば、だいたいの意味を掴むことができました。

王くんを師とし、完全に独学で始めた中国語の勉強方法は、ズバリ「中国のテレビを観ること」でした。中国や台湾のテレビ番組にはほとんど字幕が付いています。その為、聴くことと読むことをテレビを観ることで一度に練習出来るのです。また、テレビを観ることで、様々な中国人を観察でき、中国文化の理解にも役立ちました。

私が中国のテレビ番組を観て面白いな、と感じたことは「中国の子役は素のままテレビに出ている」ということです。例えば、台湾のテレビでは映画の番宣でバラエティに出演した子供(6歳ぐらい)がテレビの出演中にスタジオで寝ていました。

周りの大人も突っ込んで笑いにしたりせず、ただ自然にスヤスヤ眠っていました。そのまま大人だけで番組は進む中その子が突然起きました。すると今度は突然起き出し、床に座り込んで遊んでいるのです。大人たちも特に気にした様子もなく自由に遊ばせていました。

子役と言えども立派に仕事をする日本の子役と、ずいんぶん違うのだなあ、と感じた出来事でした。

そんな風に中国語を勉強し続け、王くんとのコミュニケーションもだいぶスムーズになりました。王くんが日本語でうまく言えないことも「中国語の○○の意味?」と聞くと「そうそう!」と分かり合えることも多くなりました。また、日本のテレビ番組だけでなく、中国語のテレビ番組も一緒に楽しめるようになったので、2人の共通の話題も増えました。私は王くんに日本語を、王くんは私に中国語を教えることで、以前より更に距離が近くなったと感じています。

 

まとめ

中国 国際結婚 体験談

 

王くんと出会い、困難を乗り越えて結婚をし、衝突しながらも結婚生活を続けてこれたのは、王くんを想う気持ちがあったからです。なぜ王くんを想い続けることが可能だったかと言えば、それは王くんが私を心から大事にしてくれたからです。

付き合い始めてすぐの頃王くんに「私のどこが好き?」と聞いたことがありました。王くんの答えは「優しいところ」でした。当時の私はそんなありきたりな理由では、一生一緒にいるのは難しいのではないかと思いました。もっと、私にしかないような特別な理由が必要であるように感じたのです。

「それだけ?」と不満気な私に王くんは「それだけで充分でしょ」と言いました。その意味が今では理解出来ます。王くんは、シンプルだけどまっすぐ、そして深く私を想ってくれています。圧力鍋は危ないから使っちゃ駄目だよ、換気扇の掃除は、汚い脂がりりちゃんに付いたら病気になっちゃうから俺がやるよ、など少し行き過ぎたお姫様扱いではありますが。笑

私は王くんと結婚できて本当に良かったと思っています。家事も料理も完璧、役所の手続きまでこなしてくれる頼れる旦那さんです。今後はさらに中国語を勉強し、いつか王くんと中国に移住出来たら良いね、と話しています。数々の困難を乗り越えてきたからこそ、未来が開けて行くのを感じています。王くんと出会えたことは私の人生の1番の幸福です。

体験談の最初に戻る

1つ前に戻る