お仕事で中国に行かれた時に上海の美女とアバンチュールな体験をした事がある(当時宮城県在住 50代男性 柏木)さんより、貴重な体験談をいただきましたので、ご紹介いたします。

上海の美少女

当時、私は30代後半の若造でしたが、中国との提携の商談で、経済特区であった上海に頻繁に訪れていました。橋渡しをしたのが、日本でも大手の証券会社『N証券』(あまりイニシャルである意味もありませんが)でしたが、N証券は中国と日本とのビジネスのクリエイターでもあり、向こうでも「N証券の仲介」というだけで、かなり重要視されていて、とにかく中国企業、あるいは上海当局からも「下へもおろさぬ」歓迎ぶりだったものです。

彼女は、中国側の企業の方で用意した「通訳」でした。 名前をミンメイ(もちろん仮名)。年齢は21歳でしたが、見た目は18歳くらいの、たいへんな美少女でした。 それが、相手企業の用意したロビー活動(ようするに枕営業?)のつもりであったのかは定かでありませんが、少なくとも、そう疑いたくなるような容姿であったことに違いはありません。 私の方は、と言いますと、既婚でもありましたし、当初、そういった横島な気持ちはありませんでした。いえ、天地神明に誓って。

待ち合わせの飛行機が辿り着かないトラブル

彼女の前任者は男性の通訳でしたが、中国は企業を掛け持ちするのは当然の国ですから、ある時に、より条件のいい他の企業に行ってしまい来なくなりました。 ミンメイは、聞いたこともないナントカ省出身の、かけだしの通訳で、私が「初仕事」だったのです。

ところが、その初日。私の乗った飛行機が上海空港でトラブルがあったらしく、なぜか北京空港へ。 中国ですから、そんな断りなんかありません。 上海空港で待っていた彼女は、私の「消息」を知ろうと、必死だったようです。 なにしろ初仕事。失敗は許されなかったのでしょう。 このトラブルが、私と彼女を、急接近させることになりました。

ようやく翌朝に、上海空港で出会った時には、初対面であるにも関わらず、彼女が私の通訳「ミンメイ」であることが、一目で分かるほどでした。今にも泣き出しそうな表情だったのです。 たとえビジネスとは言え、そんな風に女性に心配されながら迎えられたことなどなかったものですから。その愛らしさと言ったら‥‥‥。

とにかく甲斐甲斐しい

上海に滞在している間中、私の身の回りの世話は、彼女が全てやってくれました。 前任の男性通訳は、ホテルに迎えに来て、ホテルに帰るまでの間だけでしたから、ミンメイは明らかに、過剰接待であったように思います。

実際、どこまでやっていいのか、彼女自身、悩んでもいたようですが。 それでも、初日、彼女は私のホテルの部屋の中にまでは入って来ませんでした。 ようするに、女性としてのわきまえといいますか。彼女は、集団就職の田舎娘そのもでした。

カラオケにヤキモチ?

彼女にしても、異国からやって来た私は、特別な存在であったようです。 もう、いいかげん慣れて来た時に、上海科学院がからんだ接待があって、カラオケの話が出たことがありました。 中国で「カラオケ」は歌うところではありません。

もし見つかったら牢屋に入れられるような所、と言えば分かりやすいでしょうか。 そういう所ですから、当然、行かなかったのですが、翌日、迎えに来たミンメイの態度がおかしいのです。 妙によそよそしいと言いますか、明らかに態度が悪い。 話すと「夕べカラオケ行ったでしょ」と‥‥‥。 そう。彼女は、嫉妬していたのです。

私は、彼女に「行かなかった」旨を伝えて。 それから、彼女を抱擁するまで、そんなに時間はかかりませんでした。 むろん、私は我に戻ると、すぐに謝りました。 すると彼女は「どうして謝るのか」逆に怒り出したのです。

高層ビルでの出来事

私の上海でのメインの仕事は、中国との合弁会社を作ることで、まず拠点となる不動産物件を見て回ることでした。 ミンメイは、不動産仲介者もしくはオーナーとアポイントをとって、正確なスケジュールで廻って私にその通訳をすること。日本と違って、いつでも不動産屋を呼び出せるわけではないのです。

ちょうど日本のM社が、上海に99階建ての超高層ビルを建てた時で、ここでは日本人の方が説明をしてくださったのですが、ミンメイは相手が日本語で話しているのに、それをさらにカタコトの日本語に通訳して私たちを笑わせました。 それほど必死だったのでしょう。 顔を赤らめ恥ずかしがるミンメイの愛らしさと言ったら。

このビルを廻った頃には、けっこうミンメイとも打ち解け合っていて、かの「カラオケ事件」があった後でしたから、私の方もひょっとすると?という思いがなかったと言えば嘘になります。 M社の社員の人が日本人同士のよしみで、普段は入れない99階の屋上を見せてくれることになったのですが、そこは絶景というより(上海は大気汚染で景色はよく見えない)恐怖体験で、怖がったミンメイは、私の背中を掴んで離しませんでした。

この時、私の淡い「期待」は、「確信」に変わりました。 だって怖いなら着いて来なければいいだけの話ですから。日本人同士に通訳はいりません。 M社の人も気がついて「ご夫婦なんですか?」と尋ねたほど。 私は「ハイ」と冗談混じりに答えました。ミンメイは否定しませんでした。

モデルルームの「愛人」

実は、M社の社員にはまったく別の思惑があったのです。このビルの上層部は住居用として分譲されていて、契約者のほとんどが日本人なのだとか。彼女が「現地妻」であろうと「愛人」であろうと関係なく、彼にとっては上等な「見込み客」だったわけです。

中国の分譲は居抜きですが、モデルルームみたいなものはいくつか用意されています。 部屋を案内をしている間中、彼はミンメイに対し「愛人(アイレン)」を連発し、私を焦らせました。 ミンメイに困惑した様子はなく、むしろ嬉しそうでした。 曰く。「爱人(アイレン)」は「奥さん」のことで、日本の「愛人」とは違うのだとか。

つまり、彼女は、その間中、私の「アイレン」でいつづけたのです。 モデルルームは、悪趣味なほどに豪華絢爛で、田舎娘ミンメイにとっては夢の世界だったのでしょう。 彼女は、見る物すべてに「ハオ(好き)」を連発していました。 中国人女性の「ハオ」は、なんとも愛らしいものがありますが、まさか同じ言葉をベッドの中でも聞く事になるとは‥‥‥。 「ハオ‥‥‥」

处女

天地神明に近いますが、OLを片っ端から手玉にとって給湯室で話題になるような輩ではありません。上海には常連でしたから「旅の恥はかきすて」派でもありません。 彼女は彼女で、日流に言えば「身持ちの固い」女の子で、実際、疑いもない「处女(処女)」だったのです。

私とミンメイは、その後も上海に行く都度に逢瀬を重ねることになりました。 多少なりとも責任を感じていた私は、彼女に「結婚したいか?」を尋ねました。 むろん、可能性は低いことだったのですが。私にも願望がなかったわけではありません。 ミンメイの答えは、英語で「NO」でした。 彼女は、私と出会った時点で、親の決めた嫁ぎ先があったのです。 いわゆる政略結婚のようなものでしょうか。 4度目、上海を訪ねた時、彼女はすでにいませんでした。

今でもまだ、あのモデルルームではしゃぐ彼女の「好」が、耳に残っています。 いえ、正直に。ベッドでの‥‥‥「ハオ‥‥」