中国系タイ人

 

私が海外に目を向けたわけ

私は高校まで地方で育ち、高校卒業後は東京の短大に通いながらダンスに明け暮れていました。ダンスの舞台に立ったり、チアリーダーをしたり、本当に充実した生活をしていましたが、体を壊したことをきっかけに東京での生活に見切りをつけ、地元に帰ってきました。

2歳からダンスを中心とした生活をしていたので、地元に帰ってきてからは心に穴が開いてしまったかのように目標もなく手持ち無沙汰な日々を過ごしていました。

転職活動をしても学歴や経歴で落とされてしまい、やっと決まった就職先では夜遅くまでの残業や厳しい売り上げ目標などでストレスフルな毎日を過ごすことになり、出会う男性は顔や肩書きで判断するような人ばかりで、すっかり自信をなくしていましたが、「私はダンスで輝いた日々を送れたのだから、きっとまた別な何かで輝けるはずだ」という思いだけは心の中に強く持っていました。

そんな時、インターネットでアジア圏のコールセンターで働きながら語学留学ができるという求人を見つけました。

東京に住んでいたとき、外国人と話すときは日本人と話すときより楽しかったと感じていましたし、かねてより東南アジアに興味があったため、今の自分を一新しようと思いお金を貯めたらこの求人に応募しようと思いました。

中国系タイ人

 

タイに行こうと決めた理由

私が見たアジア圏のコールセンターは、勤務地が中国、フィリピン、タイから選べました。私は歴史的背景や文化の面から、インドネシアとタイに興味があったため、このコールセンターで働くならタイに行きたいと思いました。

私がタイに興味を持った理由は2つあります。

1つ目は、タイは日本と同じ仏教国でありながら、日本より信仰心が厚く穏やかな人が多いということです。東京に住んでいたときに感じたことは、たくさんの人が住んでいる大都会なのに自分のことしか考えていない人が多く、人間関係が殺伐としており、非常に寂しく感じることが多かったということです。日本は素晴らしい国なのに自殺も多いし、なぜこんな生きにくい国になってしまったのか、タイに行けばその理由を何か感じることができるのではないかと考えました。

2つめは、両国の歴史的関係からタイで勉強したいことがあったからです。太平洋戦争のとき、日本とタイは同盟国でしたが、後にタイは連合国についたことで制裁を加えられずに済みました。映画「戦場にかける橋」で有名なカンチャナブリの鉄橋は戦争中に日本がタイ人や捕虜を多く動員して突貫工事で作ったものですが、タイは多くの犠牲を出させられた歴史があるのに今では親日の国です。

どうして日本を許すことができたのか、タイでタイ人とふれ合えば何かわかるだろうと思いましたし、そこで感じたことがあれば今後の自分に活かすことができる可能性があると考えたため、タイに行きたいと考えました。

このコールセンターとは別件で考えていたインドネシアは、ビザの関係で就労が難しい可能性があることもインターネットで見つけ、タイに行こうと決めました。

中国系タイ人

 

タイ人との初めての出会い

私はお金を貯めたらアジア圏のコールセンターの求人に応募しようと決めたため、応募するまで日本で働きながらタイ語を勉強することに決めました。そこで、地元にあるタイ語学校を探しましたが、私の地元にはタイ語学校がありません。

しかしタイに行く夢は確固たるものだったため、独学で勉強を始めました。

タイ語は声調が5つあるため、文字は独学で覚えられたとしても会話は実際にネイティブの人と話さないと上達できません。そこで、友人に「私はタイに行きたいからタイ語を勉強しているのだけど、タイ人の知り合いはいるかな?」と話しました。

そうしたら、大学の同級生でタイからの留学生がいるから紹介すると言ってもらえ、すぐにタイ人を紹介してもらえました。

これが私の初めてのタイ人との出会いです。

中国系タイ人

 

タイ系タイ人との出会いと別れ

友人が紹介してくれた人は日本に住むタイ系タイ人でした。日本の大学と大学院を卒業し、日本の会社で働いているため日本語は日本人のように上手で、すぐに仲良くなりました。

最初はお互い自己紹介をしたり、お互いの地元を紹介したり、タイ語で簡単な会話をしたりしていましたが、顔が見たいということで写真を交換しました。

そうしたら、彼は「見た目がタイプだから好きになりました。付き合ってください。」と言ってきたのです。私は彼氏を探すために友人から紹介してもらったわけではないため、「今言われても困る」と返しました。

しかし彼は諦めず、私が住む街までは飛行機に乗らないと来ることができない地域に住んでいますが、「会って直接話したいから休みを教えてくれ」と言ってきました。

私は、タイ語を教えてもらうために紹介してもらったのに話がどんどん違う方向性に進んでいることに不安を感じつつも、一度会って人柄を知るのも一つの方法だと考えたため、紹介してくれた友人も誘って三人で会うことにしました。

当日、彼は飛行機で来るため、友人と二人で空港まで迎えに行きました。彼は背が高くてスタイルがよく、とても魅力的な人だったため胸が高鳴りましたが、まずはどんな人か実際に知りたいため、みんなで食事をすることにしました。

食事中、彼は目の前にいる友人に耳をふさがせて「好きだから付き合おう」と言ってきました。軽い発言の数々や出会いの方向性がずれていることに対する不安は完全に払拭できていませんでしたが、ここまで熱意を持ってアピールしてくれる人は初めて出会ったし、「僕から振ることはない」や「結婚も考えている」と言われたため、私はOKと返事をしました。

しかし、なんと3回目のデートで「実は大学時代から好きな人がいた。あなたとはその人を忘れるために付き合ったけど無理だった。別れてくれ。」と一方的に言われて、あっさりと振られてしまいました。

私はしばらくショックでご飯が食べられず、体重が一気に3kgも痩せてしまいましたが、タイへ行きたいという情熱やタイ語をマスターしたいという情熱は捨てられませんでした。

 

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