今振り返ってみると、若い頃から何かしら人生の岐路に立った時いつも「人と違う方」「平凡じゃない方」を選んできた気がする。人の意見やアドバイスは聞くようで聞かずいつも自分の都合のいいように考えてきたと思う。

現在のアメリカ人の夫と出会った時もよく考えもせず(?)突っ走った。叔母がやはりアメリカ人と結婚して幸せに暮らしているのを幼いころから見ていてちょっと憧れていたのもあるかもしれない。簡単に、何とかなるさ的な考えだった。私の猪突猛進性格を両親もわかってくれていたのか心配はしてくれても反対することはなかった。

そして出会って半年後に結婚。国際結婚って、じっくり時間をかけてお付き合いして・・・より「勢いで」する確率が高いのではないかと個人的に思う。いいか悪いかの問題ではない。私自身、じっくり考えたらやっぱりやめておこう・・・となったかもしれない。自分の英語力のなさをわかっていながらよく結婚したと我ながら思うのである。

結婚後1年ほどは出会った日本で生活をした私たち。良くも悪くも驚きの連続だった。分かっていたはずの文化の違いや考え方の違い。
え?ここでなぜ怒る?ということがとても多かった。

これは本当に結婚後まもない頃の話だが、彼が日本語を勉強したいと言い、私はもちろん大賛成!喜んで協力しよう!という姿勢だった。ただ彼の学ぼうとする姿勢は・・・例えばコンビニでおにぎりの表示を読もうとする彼。なかなか言葉が出てこないので私が○○だよ、と教える。・・・とそこでブチ切れる。なんて非協力的なんだと。自分は一生懸命思い出そうとしてるのに、なんで答えを言うんだと。私としてはまさかそこでそんなに怒るか?という驚き。というかせっかく教えてるのに、と逆に腹が立った。

そう、彼の態度はありがたいとか感謝してるなんて感じは微塵もなく、とても高慢な感じがしたのである。あるとき頭にきて「”Please”(お願いします)でしょ?」と私が言った時の怒り方のすさまじかったこと!たぶん私もすごく嫌な言い方をしたんだろうとは思うけど。

とにかく日常のたわいもない事で驚きの連続だったしあまりに理解不能でもういつ離婚してもいいとさえ思ったこともあった。でも、逆に嬉しい驚きもたくさんあったし、勢いだけで結婚したわけじゃないんだという思いもあった。

いろいろと経験するにつれ自分なりに悟ったことは「元々は赤の他人。ましてや違う国の人だもの自分と違って当たり前」なので、簡単に相手を否定したり変えようとしない方がいいということ。あきらめこととは違う。
何はともあれ結婚して10年の時が経ち、今も尚驚かされることがたくさんある中、違いを楽しみながら日々暮らしている私なのである。

(アメリカ在住 40代後半 redneck woman)さんより