アメリカ人の夫と国際結婚

英語・アメリカとの出会い

私は小学生のころから近くの英会話教室に通っていました。

両親が「中学校に入る前に英語に慣れさせておこう」という考えで、習うことになったのです。

英会話教室には、アメリカ人の先生がおり、いつも楽しくレッスンを受けていました。

「英語を勉強することは楽しい」そうはじめて思ったのがこの頃です。

そして中学に進み、受験英語を経験しながらも、英語だけは大好きでした。

そんな時にアメリカの映画に興味を持ち始めました。

毎週末、親と一緒に近くのレンタルショップに行き、アメリカの映画を借りて観ていたのです。

高校に進学してからも、英語は好きな科目でした。

そして、今度は自分でレンタルショップに出向いてさらに映画を観るようになりました。

選んでくるのは、ハリウッド映画です。

映画を観るうちに、漠然とアメリカへの憧れが強くなり、映画の中の風景や文化、そして出演している俳優さんたちの姿にとても惹きこまれました。

”アメリカっていいなあ。いつか行ってみたいなあ。”そんな漠然とした夢を持っていた高校生の私。アメリカに行くこと、そして留学をすることに夢を抱いていました。

ですが、当時私の家庭は父親を病気で亡くしたばかりでしたし、留学なんてもってのほか。

この頃は、到底アメリカに留学したいなどとは言えず、自分の胸のうちだけに収めていました。

アメリカ人との出会い

高校を卒業し、東京の大学に進学しました。

それまで地方都市に住んでいた私は、実際に外国人を見れるのは、学校に来ている外国人英語講師、もしくは英会話スクールの先生くらいです。

ですが、東京に行くと、多くの外国人を目にしました。

そして、時折見る、外国人男性と日本人女性のカップル。

漠然とアメリカ人をはじめ外国人に憧れを持っていた私には、とてもそのようなカップルは輝いて見え、憧れでした。

「きっと女性のほうは英語がペラペラなんだろうなあ。」そう思いながら、英語は好きなものの、実際会話となるとほぼしゃべれなかった私は、半ばあきらめていたんです。

そんな東京生活を始めて数年がたった頃です。

友人に「六本木のクラブに行ってみない?友達が働いてるんだ。」と誘われてよくわからないまま出かけたのが、六本木のとある有名なバーでした。

バーに行くのは初めてでしたが、とてもノリのよい雰囲気に楽しさを覚えました。

そして何よりもびっくりしたのが、外国人の多さです。

”ここは日本なの?”というほど、外国人がたくさんおり、驚きました。

そして、そんなときに1人の白人男性に話しかけられ、友人になりました。

聞いてみると、彼はアメリカ人。年齢も19歳と若く、米軍所属ということでした。

その後、これがきっかけで、私は英語の猛勉強を独学で始めます。

会話はまともにできない状態でしたが、メールでは何とかなるレベルでしたので、友人とのメール交換が始まりました。

そして、引き続き、六本木のクラブに時々通うことで、さらに外国人やアメリカ人の友人が増えました。

また、彼らは日本語がほとんどできなかったので、ネイティブとの会話で英語も少しずつ伸びてきました。

このような付き合いの中で、初めてアメリカ人の彼氏もできました。

彼は米軍基地所属でしたので、彼のエスコートにて、基地内に何度も遊びにいきました。

米軍基地の中は、日本にありながらも一歩踏み入れるとそこはアメリカ。

基地内でのバーベキュー。買い物。映画。ボーリング。レンタルDVDショップ。レストラン。そして彼の勤務先の船の中。

そこで手にするものはすべてアメリカのもの。

スーパーもアメリカのお店そのものです。

映画館では、開始時に正立し、国家を流し、胸に手をあててから始まります。

そんなアメリカそのものの場所に、アメリカへの憧れがあった私はすっかりはまってしまいました。

そして、日本人男性よりもずっと優しくて、個性を尊重してくれるアメリカ人の振る舞いにもはまっていったのです。

アメリカ人の魅力

文化も習慣も、そして言語も違うアメリカ人。

ですが、異なっているのがとても魅力なんです。

新しい世界を見れること、体験できることが私には幸せでした。

そして、彼らのポジティブでしっかりと自分を持った姿は日本人にない魅力がありました。

女性のことも、男性と同じ立場でものを考えられるし、個性のあることはすばらしいと考えます。

アメリカ人は、考え方や視野が非常に広いです。

そして、ボランティア精神も豊富で他人を助けることにとても前向き、正義感も強く、障がい者などにも全く平等な扱いができる広い心を持っています。

日本人男性と一緒にいると、活発すぎる私は”がさつ”だと言われたり、”女なんだから”というような言葉で済まされたり、スポーツで鍛えた体型のことを”大柄”と言われてけなされたりと、本来の自分自身を押し殺して接する必要があり、窮屈でした。

そして、昔から”みんなと同じ”ということに違和感を覚え、右に習えの精神で押さえつけられた社会にも非常に窮屈さを感じていた私は、アメリカ人との交流は非常に開放的で、本来の自分自身をそのまま表現できる居心地の良さに感激したのでした。

アメリカ人との出会いで”自分の居場所を見つけた”と感じたのです。

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