アメリカ人の夫と国際結婚した話(claire)さんの体験談

妊娠、そして日本へ

結婚して半年ほどたったときでした。

生理が遅れていることに気づき、近所のお店で妊娠検査薬を購入して試してみました。

すると、陽性反応がう~っすらと出ましたので判断に迷い、夫に報告しました。

彼は非常に喜びましたが、陽性の線がとても薄いので、実際に産婦人科に行ってみようということになったのです。

そして、産婦人科にて検査をすると、やはり妊娠していました。

夫も私も大喜びです。

夫婦ともに初めての妊娠でしたし、待望の赤ちゃんを授かり、大興奮でした。

それもつかの間、私のひどいつわりが始まります。

口にするものはすべて吐いてしまい、水を飲んでも吐く状態。

めまいがひどく、一日中ベッドの上で過ごしました。

ひどい体力消耗から、目をあけると視界がぐるぐるとまわる良性発作性頭位めまい症にも悩まされました。

日本だと即入院レベルの症状でしたが、そこはグアム。

医療機関も充実していませんし、なにしろ高額です。

めまいがひどすぎて救急車を呼ぶほどのときも何度もありました。

ですが、救急車なんて怖くて呼べません。

本土だと1台呼ぶと100万円ほどします。

グアムの金額が不明だった分、怖くて絶対に呼べませんでした。

とにかくベッドの上で耐えるのみ。

食べれないので、水分だけ取り、ずっと寝たきりの生活でした。

体重も数ヶ月で10キロも落ちてしまい、夫はお腹の子供の状態と私の状態にもとても心配しました。

ですが、子供は順調だと産婦人科で言われていましたが、グアムは妊娠初期の頃は子供の心音を聞くだけです。

日本みたいにエコーは生まれるまでに1,2回しかとりません。

妊娠初期の具合があまりにも悪く、子供の成長も気になった私たちは、安定期に入ることができたなら、日本に引っ越そうと決めたのです。

医療機関が少なく、医療レベルもいまいち、そして子供の教育機関もあまりよくないグアムでは、子供はのびのびと育つかもしれませんが、万が一のときに安心ができないということで決断をしました。

まずは、日本の私の実家にお世話になって、赤ちゃんが生まれたら、自分たちで独立して住むことを、私の日本の母も踏まえて決断したのです。

妊娠4ヶ月過ぎまでは、ひどいつわりが治まらず、ずっと苦しい日々を過ごしました。

ですが、妊娠5ヶ月を迎えるころにはつわりはすっかり治まり、元の生活ができるようになっていました。

そして、このときに引越しの準備を進め始めたのです。

日本に持っていけるものは箱詰めをし、持っていけないものは売りに出したり寄付をするということで、1つ1つ荷物を作り上げていきました。

妊婦でしたが、つわりが消えてからはすっかりと体調がよくなっていました。

そして、夫は仕事に行っているので、主に私が荷造りを行っていきました。

日本では入手できそうにないものはグアムで購入して箱につめました。

そして、郵便局から日本の私の実家に送りました。

箱は15個ほどになり、郵送費だけでも15万円近くかかりました。

乗っていた車や家具なども買い手が見つかり、着実に引越し準備が進んでいきました。

そして夫は勤務先にも日本移住を報告して、同僚などからさよならパーティをしてもらいました。

グアムの暖かい人柄は今でも忘れませんし、とてもよい経験をさせてもらえたと思っています。

そうして私たちは無事、日本へ移住をしました。

夫の初めての日本生活

日本での生活にあたり、最初に必要になったのは夫の日本でのビザ取得です。

役所などに問い合わせ、その手続きを把握してから日本に戻りました。

まずは観光ビザで入り、空港にて配偶者ビザを申請予定ということを報告しました。

そして、すぐに地元の入国管理局に出向き、手続きを開始したのです。

アメリカのグリーンカード取得で苦労した経験のあった私は、夫の配偶者ビザの取得がとても簡単なことに驚きました。

書類などを集め提出し、あとは待つだけという非常に簡単な手続きでした。

そして、正式な配偶者ビザを無事に取得できた夫は、次は日本の運転免許取得に挑戦しました。

アメリカの免許を持っている人ですので、簡単な選択問題の試験と実技テストのみになります。

ですが、左右のハンドルも違いますし、交通法も標識も違う日本。

また、アメリカ人は運転免許を取る際は、学校には行かずに両親などから習いますので、変な癖がある人が多いんです。

そんな中、日本の少し大げさといってもいいほどの実技テストを受けるために、何度か専門のインストラクターさんを雇って練習しました。

免許センターの中のコースを実技テストで利用しますが、コースも数個の中からどれが出るかわかりませんので。すべてのコースを覚える必要があります。

日本に来たばかりの夫にとってはとても大変だったと思います。

ですが、日本の生活に慣れるためにも、そして車社会である地方都市で住むためにも、車の運転は必須。

夫は大変だと言いながらも、無事にテストに合格し、日本の運転免許証を取得することができました。

夫の仕事探し

次に必要だったのは夫の仕事です。

希望としては、英語の講師をしたかった夫ですが、地方都市で外国人の仕事もさほど多くないところでしたので、とにかくなにかしら仕事のできるものを探しました。

地元のハローワークにも行ったのですが、中国人やフィリピン人などの労働系の人が多くいる職場の求人くらいしかありませんでした。

それでも仕事になるならやるしかないかも、と言っていた矢先、知人を通じて英語教師の仕事が舞い込んできました。

そして、面接を経て、英会話スクールでの仕事が始まりました。

子供を相手に教えるので、子供好きな夫には天職だと思いましたし、本人も楽しんで仕事をしていました。

日本での生活にも少しずつ慣れてきて、毎日楽しく仕事にも通うようになりました。

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